BUNTARO Kato Blog

★ まちに子供が居る風景
 
 
 
 
 
 


こどもが自由に、健やかに育つ場所は、健全である。
それは、オトナが、社会が健全だからだ。
 
 
 







 
 
 
 


だれもが、どのコドモに対してのオヤであり、コドモはそのオヤを観て育つ。
 
 
 
加藤文太郎が、独自の視点で綴るフォトエッセイ Blog「バリのひと雫」より
(1ヶ月100円)

 
| Trip | 13:53 | comments(0) |
★ Lion
 


Kingston,Jamaica


| Trip | 11:58 | comments(0) |
★ Ryu Nakamura
 
                                                                                                                中村竜

 Rider Ryu Nakamura                                             Bali,Indonesia
| Trip | 23:52 | comments(0) |
★ Moonrise


  
  Moonrise  Bali,Indonesia
  Nikon F3T  Film

 

 旅を始めて20年あまりが過ぎるが、旅を始めた基点、オーストラリアのBondi Beachという、下水で汚染された海がある、なんの変哲もない小さな町で数ヶ月を過ごした後、亜細亜のエーテルが恋しくなった私は地図を広げ、インドネシアのBali島へと移動した。

 一眼レフに大きなズームレンズを装着し、バカでかい三脚を抱え、恐らく気負いながら、この小さな島を訪れたのだと思う。



 
 写真家というものは、普通、自分が興味を持つ被写体を撮影するわけで、職業としてのカメラマンというものは、撮影する被写体の数ほど、その種類は存在する。

 言い換えれば、カメラマンと一口に言っても、女性をとる人、風景を撮る人、海中を撮るのを専門にする人等、◯○カメラマンという専門職が、その対象物の数ほどあるといえる。

 そんな中、私の生業としてのカテゴリーにあてはまるのは、なんなのか?解らずに20年経つ。

 元々カメラを持つ気になったのは、ドキュメントの写真本、吉田ルイ子氏の「ハーレムの熱い日々」を読んだからで、私の場合「旅」そのものに興味が集中していた。

 そして旅で撮った人物や、風景写真をみた人が、面白がってそんな私に仕事をくれるようになった。



 
 
 バリ島や、インドへ行ってきたというと、「フォトジェニックなところだね」とよくいわれる事があるが、元来アマノジャクで、やみくもに人と迎合することが嫌いな自分の視点からは、そのどちらの風景も、既視感に悩まされる事になった。
 
 人と違った写真を撮る。というと、語弊があるが,そのシーンに「自分」が写真機をもって、「シャッターを押す」事の「意味」を常に考えるようになった。
 
 見せる写真から、私的な意味のある写真へ。
「そこ」に、「自分」がいて、「なぜ」写真を撮るのか?
常に自分に言い聞かせて、シャッターを押して来たように思う。

 

  
 
 
 この写真は、夕陽がキレイなバリ島の有名スポット、タナロット(Pura Luhur Tanah Lot)へ夕陽を撮りに行った時に撮影したものだ。
 観光地であるこの場所に着くと、観光客のにわかカメラマン、アマチュアカメラマン、プロらしき機材をもったカメラマンが、所狭しと撮影スポットに群がっていた。

 当然、私はバッグからカメラを出す事も無く、美しい夕陽をぼんやり眺める事になった。

 日が沈んだ直後、帰ろうと後ろを振り向いた風景は、そんなアマノジャクな私を感動させるに値したのである。



 
| Trip | 01:41 | comments(0) |
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